埼玉県 K社

埼玉県羽生市にあるK社での活動を紹介します。従業員35名ほどの中小企業です。

K社の主な業務内容は生地の染業です。糸を染め、生地を織り、その生地に各種加工を施すといった業務を行っています。武州正藍染をはじめ、柿渋・アカネと言った草木染などが有名ですね。

近年では、『小島屋』という自社ブランドも立ち上げて、染めた藍染め生地を使用し様々な製品を作っています。作務衣・のれん・各種小物を中心に染めた生地の風合いが楽しめる日本古来の質の良い製品を製造販売しています。

埼玉県羽生市周辺に藍染めの技術が伝えられたのは、1780年代と言われており、江戸時代中期より、農家の副業として藍染め織物を製造していたものを企業化したのが、創業の始まりとされており、K社も今年で149年目になります。

2017年10月に放送された、TBSの日曜ドラマ「陸王」。

このドラマで役所広司さんが着ていた「こはぜや」のはんてんはK社で作った製品です。


さて、このK社での5Sの取り組みを見ていきましょう。

K社の5Sに取り組むきっかけですが、K社の取引先企業が、栃木県足利市にあり、そこからの紹介という形でスタートしました。当時、現場の作業者は5Sという言葉すら知らない状態でしたが、そこは座学で丁寧説明していきました。現場の若手社員でも主体的に活動できるし、『働く人たちの為に』行う、我々の5Sのコンセプトに共感して頂いき、若手主体・6名の5S委員を発足し活動をスタートさせました。

テーマとして挙げたのは、「149年続く伝統をただ守るのではなく、未来に向けて新たな伝統を創ること」その為にも5Sによって職場の環境を変え、社員一丸となって取り組むと決意してもらいました。

まず初めに、5S活動をする前の状態をみてもらいましょう。社内のいたるところが下の写真のような状態になっており、物が多い印象でした。

K社は長い歴史があり、生産設備は現存しないメーカーも多くあり、捨ててしまったら二度と手に入らないパーツも少なくありません。その為、「捨てる」事のハードルが非常に高く、なんでも捨てずにとって置かなければいけないという心理状態にありました。

しかし、モノを捨てない限りは現状の仕事が変わっていきません。

そこで、「捨てる」を3つのステップに分けて整理を行っていきました。『我思う、故に我あり』で有名なデカルトはこのような名言を残しています。

『困難は分割せよ』

ルネ・デカルト

一見難しそうな問題はそれ自体を分解して小さくし、その中で出来る事から始めるという事です。

まず整理の第一ステップとしまして、「誰がどう見ても使うことも出来ないもの」や「機能として成り立っていないもの=壊れている物」など明らかに不要なものを選別して捨ててもらいました。

そして整理の第二ステップとしまして、「いつか使う時が来るのではないか?と取っておいたもの」です。何年も前に使っていた機械、設備、材料などが対象となるでしょうか?

「いつか使うは、一生来ない」「捨てても現在手に入るものは思い切って捨てる」など整理をする上で、重要な考え方を説明しながら少しづく決断してもらいました。周囲からは捨てる事への反対意見が多くありましたが、5S委員は、勇気を持って決断し、職場の環境を変えてみせるぞっと強い気持ちで捨てる判断をしてくれました。

そして整理の第三ステップとしまして、「そこまで量の要らないもの」です。

「大量に仕入れた部材」「同じ種類の物(大量にある)」など、必要だけれども、そんなに要らないといった類のものです。『必要なものを必要な時に』という考え方に変えて、はるかに多い物は捨ててもらるようにしました。


この3つのステップを繰り返し行い、最初の1年間の8割ほどは整理(捨てる)ことに特化してきました。そして、3ステップを経て整理を実践した事で、以下のような効果が出ました。

まず1つ目に活スペースが確保されました。

スペースが出来たことにより、作業性も良くなり必要なものをすぐに取り出せて、設備の導入も可能になりました。(下図参照)

次に2つ目の効果は、物を捨ててスペースを確保することで乱雑に置かれていた材料も定められた位置に定められた量だけ置けるようになった事です。

そうすることで、今まで必要以上に注文していた材料も必要量で購入することができ、1日ごとの必要量を準備することで段取り時間の短縮や経費節減にもつながり、在庫への意識もより考えるようになりました。(下図参照)

次に3つ目の効果としまして、物であふれていた部材も必要な分だけを残し、物の見える化を行う事で物の取り出しがスムーズになり、使われていなかった部品類も部品取りとして再利用することが出来た点です。

最後に4つ目の効果としまして、協力してくれる人が増えた事です。

始めは5S委員数人でしか活動していませんでしたが、順序良くステップを踏み、整理を進めていくことで明らかに職場環境が変わっていく訳ですから、「私も手伝います」や「○○を改善してほしい」というような、5S委員が声をかけなくても周囲の方から問題点、疑問点なども提案してくれるようになりました。


整理をした後は清掃です。

長年使っていた設備の汚れが気になりだしました。油汚れに最適な洗剤を紹介し、設備をピカピカに磨く取り組みも行いました。

また、パイプツールも導入しました。

工具箱はあったものの、中身はバラバラで使いたい時にすぐ見つからない、同じ工具が必要以上にあるなどの探すムダ、時間のムダになっていた為、キャスター付き工具棚の製作してもらいました。

自分たちの思いのままに具現化でき、移動もでき、必要な物をすぐに使用できるなどたくさんのメリットがあり、導入することで、時間短縮、工具の見える化に繋がります。

各現場で作業に適したパイプツールも徐々に拡大していきました。初めは簡単な形の物しか作れませんでしたが、作っていくうちに使いやすい高さや大きさの台を作れるようになりましたね。素晴らしい。


このころから、5S活動が会社内で認知されるようになったように思います。

初めは一部で始まった5S活動ですが、現場が変わり効果を実感したことで理解者、協力者が増え、全員参加で改善活動が出来るような体制に変化しました。

自分達が働く工場は自分達で良くする。作業環境を良くしてより良い商品をお客様に届けられるようにという思いの元、会社一丸となって協力し合いながら活動をしております。

今は床の舗装や駐輪場のライン引きまで社員で行います。


この5S活動を振り返って、一番の功労者は、5S担当の「Hさん」でしょう。彼は初代5S委員のリーダーで現在も活動の中心にいます。

5Sを始めた当初、5S反対派は9割以上で、そうとう風当りは強かったはずです。それでもまずは自分の職場からきれいにし、次に次工程の方を巻き込んで…という風にどんどん周りを巻き込み、最終的には会社一丸で取り組める体制まで持って行ってくれました。

普通の人だと、挫折しそうなところも強い信念で進めてくれました。

5S活動を真剣にやられている方は納得してもらえるでしょうが、「会社一丸は無理」という事実。「みんなで5S活動をやっています」は嘘です。5Sが根付いている企業のほとんど、いやほとんど全部と言っていいと思いますが、「1人の決意」から始まります。その1人の熱意に周りが引き寄せられ、活動が大きくなり、やがては会社全体を巻き込む活動に成長していき、維持しています。

今回のK社でも、5S委員中心に自発的に行動することで徐々に周囲の人たちも変わっていきました。自分達で判断し、決断し、積み上げたことが会社全体にまで及ぼす効果を生みだしました。「自らの実践を通じて仕事にやりがいを持てるようになりました。」とHさんは語ります。